私たちが魂を込めて書く申請書を読み・評価するのは審査員です。しかし、研究の世界においてプロの審査員は存在せず、ほとんどは私たちと同じ研究者です。当然、審査員もまた申請書を書かねばなりませんし、研究や授業、会議などすべき仕事は山ほどあります。
そうした多忙な状況にも関わらず、山のような審査依頼がやってきます。その数は一人あたり50件前後だと言われています。審査にかかる時間は、短くても一件あたり20分〜40分ですので、全体としては約25時間、毎日5時間ぶっ続けで読んでも、一週間は審査にかかる計算となってしまいます。実際には、5段階評価で5が10%、4が20%…のように決められているので、誰を上げて、誰に涙を飲んでもらうのか、といった葛藤の時間も含めるとさらに長い時間がかかります。こうした長期にわたる審査を、学振なら夏休み期間に、科研費なら年末年始にかけて行っているのです。
つまり、大半の審査員が考えることはただ一つ、なるべく早く終わらせて、自分の本来の仕事をしたい(休みたい)!
「読み手に優しく」が全ての基本
こうした状況において、読みやすく・おもしろく・印象深い申請書がきたら審査員はどう思うでしょうか。審査員として、また科学者として応援したくなりますよね。審査員と言えども人の子です、内なる声には抗えません。つまり、読み手に優しい申請書を書くことが求められています。
申請書が要求する事項を過不足なく書き、審査員が内容を理解できることは、審査員に真面目に審査してもらうための最低条件です。
申請書の心得1「評価しやすく」
(1)評価基準を理解し、求められていることを書く
学振にせよ科研費にせよ、評価基準は詳細に公表されています。さらに、申請書の各項目の上部の注意書きにも書くべき内容はかなり具体的に指示されています。公平な評価を実現するために、審査員はこれらの評価基準にしたがって申請書を評価することが求められています。すなわち、求められていることに対して過不足なく答えることが、内容を正しく評価してもらうための第一歩です。
(2)見出しや箇条書きなどで、ポイントをわかりやすく
1つの申請書を評価するのにそれほど時間をかけられない審査員は、申請書から評価項目を効率よく探し出したいと考えています。見出しや箇条書き、「目的を〜とする」のように分かりやすい文章構造を用いることで、審査員が評価しやすくすることが重要です。わかりにくい申請書の場合、最悪、評価項目が発見されないまま審査が終了してしまうことにもなりかねません。
(3)適切な区分を選択する
科学における専門領域は再分化され、例えば、生物学分野内でも自分の専門以外の研究分野の内容はさっぱり理解できないという状況です。そのため、学振や科研費には区分(昔は細目という名称)を選択する欄が設けられています。過去の審査員は公表されていますので、区分が適切かどうかチェックしましょう。自分の研究を一番理解してくれそうな区分へ応募することが重要です。
(4)専門家以外にも重要性などがわかるように書く
(3)のような工夫をしても、あなたの研究領域の専門家に申請書類が回ることはまずありません。区分内でもまだ研究分野としては広いため、審査員はほぼ全員が専門家ではないと考えて間違いありません。つまり、審査員にとって何が常識で何が常識でないのかをあなた自身が吟味する必要があります。独善的な申請書にならないように、研究内容を評価するうえで必要となる前提知識については最低限の説明が必須です。場合によっては前提条件を減らすために、(多少の不正確さには目をつむってでも)単純化して示すことも重要です。
申請書の心得2「読みやすく」
審査員は申請内容を評価するために、(しぶしぶ)申請書を読みます。読みやすければ、文章の内容は意識せずに自然と頭に入ってきますが、読みにくい文章では読むことに必死になってしまい(あるいは読むことをあきらめ)、内容が頭に入ってきません。
ここでは、読みやすい申請書を書くための概要を説明します。
(1)適切なフォントを用いる
申請書の本文のような長い日本語の文章を読ませるには明朝体のような線の細いフォントが適当です。一方で見出しや強調部分に太めのゴシック体を用いると効果的に目をひくことができます。また、フォントの種類によって読みやすさは大きく異なりますので、美しいフォント選びは欠かせません。さらに、小さすぎないフォントサイズにすることで、読みやすさはグッと向上します。
(2)余白があれば読みやすい
学振や科研費の申請書のスペースは、書きたい分量よりも小さい場合がほとんどです。そのため、どうしても余白を減らしてギチギチに書いてしまう傾向にあります(埋められない人はまずは埋める努力をしましょう)。しかし、適切な余白は可読性を高め、審査員に内容を適切に評価してもらう効果が期待できます。こだわるべき余白は、行間・文字間・段落間・図表からの距離など多岐にわたります。
(3)日本語の作文技術を極める
私たちは、学校でほとんど作文技術を習わないまま、ここまで来てしまっています。しかし、修飾語の位置や、句読点(とくに読点)、漢字とかなの割合、文章のリズム、言葉の選び方など、読みやすい日本語の文章が兼ね備えるべき条件は意外と多いのです。このことは、逆に考えると、こうした「作文技術」を学ぶだけで読みやすい日本語の文章を書くことが可能であるということです。文学作品を書く必要はありません。ただ、シンプルで理解しやすい日本語文章を用いて、読みやすい申請書であれば良いのです。
(4)論理的に書く
論理が破綻した文章は決定的に読みにくいものです。それは、審査員が書き手の意図を推測しながら読む必要があるからです。つまり、論理的に矛盾がなければ事実かどうかは意外と気にされませんし、逆に、話のつながりがおかしいと重要な研究も正しく評価されません。論理的に書くことは自分の主張を受け入れてもらうための第一歩です。前提条件・文と文のつながりなどに気を配ることで、独りよがりの文章になるのを避けることができます。
申請書の心得3「おもしろく」
いくら読みやすい申請書でも、科学的におもしろくない研究テーマでは評価は低いものになってしまいます。審査員の知的好奇心を刺激できるかどうかは、あなたの研究が将来、広く世の中の人に受け入れられるかどうかの試金石です。
(1)「おもしろい」≒「世界に影響を与える」
ここでいう、「おもしろい」とはいわゆる面白おかしいとは異なり、「科学的な価値がある」というニュアンスに近いものがあります。おもしろい申請書は、重要性や問題点・インパクトがはっきりしており、それだけで読み物として成り立ちます。具体的には、問題の重要性とそれを解決するための鮮やかな方法を兼ね備えた良い研究テーマを扱ったものが該当します。
「〇〇〇については研究されているが、△△△についてはまだされていないから、研究する」などは、面白くない研究テーマの代表例です。
(2)勝負は研究テーマ選びで決まっている?
どんなに凄腕の料理人が腕をふるい、国宝級の器に盛られたしても、食材が良くなければ台無しです。もちろん、下手な料理人によって調理されたせいで、食材が台無しというパターンもありますが、良い料理にするためには良い食材を調達することが最低条件であることは間違いありません。これは研究でも同じで、良い研究にするためには良い研究テーマが必須です。申請書を書き始める前に自分の研究テーマについて見直し、本当にこの方向性で書いて良いのか今一度考えてみましょう。書き始める前の今なら、まだ修正可能です。
(3)研究テーマを活かすも殺すも、切り口しだい
とはいえ、実際には、すでに研究が始まっているとか、研究テーマを自分で選べず変えることもできないなどの事情がありますので、根本的な見直しが難しい場合がほとんどです。そうした場合でも、研究テーマの位置づけを見直すだけでも評価を大きく変えることが可能です。
例えば、一般の人から見るとあなたのネジの研究はつまらないかもしれませんが、NASAにとってみれば喉から手が出るほど欲しい技術かもしれません。「研究の背景」や「今後の研究計画」や「解決のためのアイデア」を適切に書くことで、研究テーマは大きく生まれ変わります。
(4)最後は熱い情熱でアピールを!
(2)とは逆に、いかに味の良い料理でも、プラスチックの容器に盛られては台無しです。良い料理(良い研究)は良い器(正しいアピール)によってその価値は何倍にもなります。良い研究であればいつかは評価されるはずという考え方は危険です。なぜなら、審査員はすべてを理解しているわけではないので、どこがどうおもしろいかを申請者自身が語ってくれないと評価しようがありません。淡々と説明して、面白いかどうかはあなたが判断してくださいという考え方では、チャンスを逃すことになってしまいます。最後の最後は、熱く語ることでしかおもしろさを伝えることはできません。
読みやすく、おもしろい申請書であれば採択の可能性は高いといえます。しかし、さらに審査員に強くアピールし、より採択に近づけるためには、印象深い申請書に仕上げることが欠かせません。
申請書の心得4「印象深く」
(1)鮮やかな解決法と充実したデータで印象的に
すでに説明したように、審査員は大量の申請書を抱えていますので、凡庸な申請書では印象に残りません。最初のうちはちゃんと読んでいても中盤から終盤にかけてはどうしても集中力が途切れがちです。そういった時に、申請書の中盤に出てくる鮮やかな解決方法(研究のアイデア)や終盤に出てくる充実した予備データ(研究計画)には、審査員の集中力を取り戻す力があり、申請書の再評価につながります。
最初の数行に魂を込めろというアドバイスはしばしば見ますが、それだけでは十分ではありません。もちろん掴みも重要なのですが、本当に力をいれるべきは中盤〜終盤です。序盤は申請者本人も審査員も気合が入っているので、基本的な方向性さえ合っていればそこまで酷いことにはなりにくいです。
(2)図でわかりやすく伝える
わかりやすい図を入れることは理解の助けになりますし、申請書にメリハリをつけることができます。1ページにひとつ弱くらいを目安に図を入れるようにしましょう。ただし、わかりにくい図や適当に描いた(と思われてしまうような)図は逆効果です。
プロのイラストレーターが描くような美しい図である必要はありません。シンプルでわかりやすい図を描くことはPowerPointでも十分に可能であり、ちょっとした工夫とコツですぐにできます。
(3)前向きワードでポジティブに
同じ内容を表現するにしても、その表現方法は多種多様です。これまでの研究成果や予備データを示す際に、後ろ向きな単語を書かないようにしましょう。英語等では”positive words list”などが存在し、申請書に使うことが勧められていますが、日本語ではまだそうしたことは徹底されていません。うっかりすると忍び込んでくるネガティブマインドを一掃し、ポジティブな申請書になるように意識して書きましょう。その研究を一番良く知っている申請者自身の評価が今ひとつな申請書を、審査員が高く評価するはずがありません。
(4)キャッチフレーズで印象的に
申請書は広告ではありませんが、伝えたいメッセージを短く覚えやすいフレーズにするという考え方はキャッチコピーに通じるところがあります。どんなに複雑な研究であっても、本当に伝えたい(やりたい)ことは短いフレーズで表現できるはずですし、そうしないと審査員には伝わりません。余計なものを削り落とし、エッセンスだけを取り出したうえで、キャッチフレーズ化してください。