背景において「研究のアイデアとその根拠」は書かない場合もあり、必須ではありません。たとえば科研費などでは「着想の経緯」と内容が重複しがちになりますので、5,6,7で問題を指摘しその重要性を示してそれを「問い」としてしまうことも可能です。
背景においてアイデアと根拠を示し、かつ、別の場所でも着想の経緯を示す場合には、アイデアの解像度を意識し全く同じ内容にならないよう気を付けます(後述)。
例えばこうです。
…
しかし、こうした取り組みにもかかわらず、Taxが細胞を形質転換するメカニズムは十分に理解されていない。これまでに多数のTax変異体が生成され、それらの活性は主に細胞培養系で明らかにされてきたものの、利用可能なトランスジェニックモデルにおけるTax変異体の遺伝子導入位置やコピー数、発現レベルなどが多様であるため、Tax変異体の形質転換能の評価は困難であった。
これに対して申請者はこれまでに〇〇〇を〇〇〇することで、導入した遺伝子の発現量をコントロールできること見出しており、この方法であれば、これまで不可能だったTax変異体の形質転換能を完全に同一条件で比較できると考えた。しかし、形質転換効率の低さが課題となっており、〇〇〇の〇〇〇への適用は十分に進んでおらず、「Tax変異体における形質転換能の評価および、その背景にある分子メカニズム」の解明は依然として研究課題の核心をなす大きな「問い」としてン残されたままである。
この文章を例に、以下の2つのポイントを見ていきましょう。
ポイント1:本研究のアイデアはどこにあるのか
…、この方法であれば、これまで不可能だったTax変異体の形質転換能を完全に同一条件で比較できると考えた。
どうすれば指摘した課題を解決できると考えているのか
研究の背景の「5.これらの成果にも関わらず、いまだ解決されていない点は何か(問題点の指摘)(問い)」において問題の所在(リサーチギャップ)を指摘したので、ここでは、どうすればその問題を解決できるのかのアイデアを説明します。
申請者のこれまでの研究に基づくアイデアであれば、アイデアの新しさ・独自性が担保されているので、価値のあるアイデアであることを説得しやすくなります。一方で、自分のデータだけだと、どうしても我田引水的な書き方になりがちで、アイデアの価値を過大評価しがちになりますので、他人の研究成果も適切に引用するようにしてください。
その反対に、他人の研究成果から得たアイデアや技術を無加工で自分の研究に適用するのも筋が良いとは言えません。
のように、銅鉄実験(銅でうまくいった研究を鉄に置き換えて行うアイデアに乏しい研究の例え)になりがちですし、研究者人口が極端に少ないという状況でもない限り、有用なアイデアはすぐに試されているはずです。そうした(申請者が素晴らしいと考える)アイデアが、いまだに残されているということは、
- 実は大したアイデアではなく、研究する価値がない
- 研究する価値はあるが、難しすぎて今は取り組むことができない
- 研究する価値はあるが、スピード勝負である(すでに取り組まれている)
など、そのアイデアの実現可能性や勝算が低い可能性があります。「簡単に手に入るものは価値がない」という単純な事実を、今一度認識する必要があるでしょう。こうしたことから、他の論文のアイデアを対象を変えて、同分野でそのまま使うのは、アイデア不足感があるので、何か工夫が必要です。
このような場合に、複数のアイデアを組み合わせることは良い戦略です組み合わせは無数にあるので、比較的簡単に独自性のあるアイデアを生み出せます。2つとも他人の研究でもよいですが、
- 自分の研究 + それがうまく行きそう(真実そうである)ことを示す傍証としての他人の研究
- 他人の研究からのアイデア + それがうまく行きそうであることを示す自分の予備データ
のように、一部に自分のデータを加えることで、アイデアの独自性、希少性、信頼性を同時に増すことができます。もっと別のヒントが欲しい方はオズボーンのチェックリストを見てみるとよいでしょう。
アイデアの解像度を意識し、必要に応じて書き分ける
研究のアイデアにはさまざまなレベルがあります。「着想の経緯」などの欄が用意されている科研費などでは、背景にアイデアを書いてしまうと同じ内容を繰り返すはめになりがちです。そうならないようにするためには、示すアイデアの解像度(詳しさ)に差をつける必要があります。
他もそうですが、基本的には大枠を示してから詳細を示すという流れになり、あとで示すように背景におけるアイデアと着想の経緯におけるアイデアでは書くべき内容は異なっています。
ポイント2:アイデアがうまくいくと考える根拠はどこにあるのか
申請者はこれまでに〇〇〇を〇〇〇することで、導入した遺伝子の発現量をコントロールできること見出しており、
背景におけるアイデアとは、
問題点を提示した直後に配置されることから、妥当性や実現可能性はほどほどにして、どうすれば問題を解決できると考えているのか、という問題解決に向けた道筋を示すことがメインになります。そして、そのアイデアがどういったきっかけで生まれたのか、という点もここで書いておくべき内容です。
アイデアの詳細やそれがどれくらい実現可能そうなのかについてはここでは扱わず、問題解決のために、ある程度の根拠をもったアイデアがあることを示すだけで十分です。
着想、の経緯におけるアイデアとは、
一方で、着想の経緯では、アイデアの妥当性に焦点が当てられます。ある問題を解決するための方法は一つではありません。たとえば、がん治療という一つの目的に対して、いろいろな方法で研究が行われています。申請者が背景で指摘する問題についても、解決のためのアイデアはいくつも考えられることでしょう。
しかし、本研究で試すことのできるアイデアは1つ(あるいは、せいぜい2つ)ですので、複数ある中から、「申請者がもっとも強みのあるアイデア」「今こそ試すべきアイデア」「もっともうまく行きそうであるアイデア」などの観点から実現可能性を判定し、優先順位をつけてその上位から試していくことになります。その際に、なぜそのアイデアなのかについて、言い換えればなぜそのアイデアが最も妥当だ(筋が良い)と考えたのか、について審査員に説明する必要があります。
研究計画におけるアイデアとは、
アイデアの大枠を示したあとにも、研究上の工夫やうまく行かない場合の対応など、実際に研究を進めるうえでの細々としたアイデアが必要になります。そうした内容は研究計画に書きます。背景でいきなりこうした細かい内容を説明されても審査員は理解できません。