学術振興会や科研費の申請書において「しかし」の後に続く文章は、研究の価値を決定づけます。多くの申請書はここで「〜を解明したい」という自身の願望を記述してしまいます。書くべきは願望ではなく、現在の学術的知見に生じている未解明の領域です。

申請書における「しかし」の後に続く誤った前提

科研費や学術振興会の申請書において、「研究の背景」から「研究の目的」へと論理を展開する接続詞として最も頻繁に用いられるのが「しかし」あるいは「一方で」という言葉です。既存の学術的知見を概観し、その到達点を整理したのち、「しかし」を用いて自身の研究の必然性を主張する構成は、多くの申請書で採用される標準的な形式です。

ここでの最大の障壁は、「しかし」の後に何を記述するかという点にあります。多数の申請書において無意識に行われている誤りは、「しかし」の直後に研究者自身の願望や興味を記述してしまうことです。

典型的な失敗例として、「先行研究により、現象Aの基本的なメカニズムは解明されている。しかし、私は現象Bのメカニズムについても解明したいと考えている」といった記述が挙げられます。これは、研究者個人の内発的な動機としては非常に誠実ですが、審査員を納得させる論理としては十分に機能しません。

審査員は多忙な研究者であり、限られた時間の中で多数の申請書を読み込みます。彼らが背景の項目で読み取りたいのは、あなたが何をしたいかではなく、現在の学術体系のどこに課題が存在し、なぜ今その研究を国費を投じて行う必要があるのかという客観的な根拠です。個人の願望を記述することは、学術的な必然性を説明する責任の放棄に等しくなります。「しかし」の後に願望が続くと、論理の階段が一段欠落しているように感じられ、審査員はそこで歩みを止めてしまいます。

このアーカイブはゴールド会員限定です

この記事は、毎年 6月8日 の当日のみ無料公開されます。
本日は対象外の日付のため、アーカイブの閲覧にはゴールド会員への登録が必要です。

所属機関に有料版をおねだりしませんか?