研究の背景の書き方は、論文のイントロダクションと同じで、より幅広い分野(一般的な背景)から自分の専門分野(狭い背景)へと誘導していきます。

ポイント

研究の背景・問題点では、以下を順に書きます。

1.研究計画を含む広い研究領域の一般的な説明、重要性(広い背景)
2.研究計画に関する狭い研究領域についての説明(狭い背景)
3.その分野でこれまでどのような取り組みがなされ、何が明らかにされてきたのか(他人の貢献)
4.こうした進展の中で申請者らはどこに貢献してきたか(自分の貢献)
5.これらの成果にも関わらず、いまだ解決されていない点は何か(問題点の指摘)(問い)
6.なぜそれはこれまで解決されてこなかったのか(理由)
7.なぜ解決すべき問題なのか(重要性)
8.どうすればその問題を解決できると考えたのか、その根拠は何か(アイデアと根拠)
9.そのアイデアを実行する上での障害は何か(研究の課題)(問い)

例えばこうです。

 ウイルスはヒトの癌の15%~20%に関与すると考えられているため、ヒトの悪性腫瘍に関する共通メカニズムを明らかにするための重要なツールとなる。成人T細胞白血病・リンパ腫 (ATLL) の病因であるヒトT細胞白血病ウイルスI型 (HTLV‐1) はまさにそのようなウイルスであり、遺伝子発現や細胞増殖・アポトーシス、極性の決定を含む細胞内の重要な経路を調節する強力な腫瘍タンパク質Taxをコードしている。
 長年の研究により、Taxを介したさまざまな細胞プロセスが明らかにされており、悪性腫瘍の形成メカニズムを明らかにするための有効なモデル系であることが証明されてきた[Smith et al., 1999; Tanaka et al., 2000]。Taxは細胞を形質転換し、種々のトランスジェニックマウスモデルで腫瘍を誘導することが示されており、申請者らも〇〇〇を〇〇〇することで、〇〇〇は〇〇〇であることを明らかにしてきた[Suzuki et al., 2000]。
 しかし、こうした取り組みにもかかわらず、Taxが細胞を形質転換するメカニズムは十分に理解されていない。これまでに多数のTax変異体が生成され、それらの活性は主に細胞培養系で明らかにされてきたものの、利用可能なトランスジェニックモデルにおけるTax変異体の遺伝子導入位置やコピー数、発現レベルなどが多様であるため、Tax変異体の形質転換能の評価は困難であった。

この文章を例に、以下の2つのポイントを見ていきましょう。

ポイント1:一般的な研究領域の背景説明と重要性を簡単に述べる

ウイルスはヒトの癌の15%~20%に関与すると考えられているため、ヒトの悪性腫瘍に関する共通メカニズムを明らかにするための重要なツールとなる。

背景説明・用語説明

いきなり自分の研究対象についての説明を始める人がいますが、分野外の審査員にとっていきなり細かい話をされても何もわからずついていけなません。まずは、その分野を理解するために必要最低限の情報を書いてください(上記の文例では書いていません)。

この時にどれくらいのレベルを説明が必要な情報なのかを見極めることが重要です。過去の審査員名簿は公開されているので、自分の応募する分野の審査員を見てみて、どれくらいのレベルが適切かを考えてください。

https://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/14_kouho/meibo.html

生物系でいうとGFPやDNAまでも説明しようとする人がいますが、どちらかというといきなり専門的な内容から書き始める人の方が多いです。

重要性

まず、自分の研究が含まれる一般的な研究領域(広い研究分野)の重要性を簡潔に示します。これにより、この領域が重要であることを示し、その一部を担っている自分の研究が重要であるということを間接的にアピールします。仮に、それほど重要ではない研究領域だと考えていたとしても(その場合、なぜその研究をしようとしているのかは疑問ですが…)、少なくとも申請書の中では「この研究分野は重要である」という立場を貫き通す必要があります。

こうした本音と建前に違和感を覚え、歯切れの悪い文章を書く人もいますが、申請者本人が自信のない研究に対して支援する人などいません。指導教員などからテーマが与えられている場合は、まず、自分の研究領域の面白さを理解することを最優先させて下さい。研究歴が浅い場合は、研究領域の面白さに気づけないことがあります。あなたにとっては、ネジの研究は地味でつまらないかもしれませんが、NASAにとっては喉から手が出るほど欲しい技術かもしれません。繰り返しになりますが、多少無理があっても首尾一貫して研究領域の重要性を主張しないと話が始まりません。割りきってください。

しかし、重要性をアピールしすぎるのも考えものです。研究領域の重要性に対して、今回の研究計画がつまらない場合、逆効果になってしまいますので、あまり大風呂敷を広げずホドホドにすることも重要です。また、研究分野の重要性だけをアピールする方も多くいます。扱う分野が重要であることは必要条件ですが十分条件ではありません。重要な分野の研究であればどんな申請内容でも重要である、というわけではないことを理解しておいてください。

ポイント2:対象にする具体的な研究領域の説明をする

成人T細胞白血病・リンパ腫 (ATLL) の病因であるヒトT細胞白血病ウイルスI型 (HTLV‐1) はまさにそのようなウイルスであり、遺伝子発現や細胞増殖・アポトーシス、極性の決定を含む細胞内の重要な経路を調節する強力な腫瘍タンパク質Taxをコードしている。

自然につなぐ、ただし素早く

次に、なるべく自然な流れで、より一般的な背景から本研究に関わる具体的な背景(狭い研究分野)に話を持っていきます。直前の背景説明・用語説明にも書いたように、ここから話を始める方が時々いますが、これは乱暴です。広い背景も、狭い背景も長々と書く必要はありません。本研究を理解する上で最低限必要となる背景知識を過不足なく伝えましょう。

その際に、広い背景から自然な流れで今回の研究テーマに話を持って行って下さい。慣れてくると研究内容から逆算して広い背景を書くことも可能です。審査員は分野外ですので、一般的なことは知っていても、専門的なことはまず知りません。いきなり話が飛躍すると、理解が追い付きませんので、徐々に話を誘導します。

ただし、広い背景も狭い背景も全ては審査員に、今回の研究計画を理解してもらい、適切に評価してもらうために書くものです。決して「審査員を教育してやろう」とは考えないでください。審査員は仕事として申請書を読んでいるのであって、あなたの分野を深く理解したいから読んでいるのではありません。その点が自分の意思で読む論文や書籍との大きな違いです。理解したいという強いモチベーションのない人に対して長い話は禁物ですので、なるべく素早く今回の研究テーマの説明に移ってください。

細かい情報は不要

いくら定番のイントロであっても今回の研究内容と直接関係しないのであれば、蛇足です。多すぎる情報は読み手を混乱させ、申請者が何に興味を持っているのかをミスリードさせます。総説や論文を場合と異なり、審査員はこの分野を網羅的に理解したいと考えていません。登場人物(登場する要素の数)を最小限にとどめ、なるべくシンプルなストーリーで背景を簡潔に説明します。

広い背景でも説明しましたが、狭い背景を書く場合は特に誰に向けて書いているのかを意識することが重要です。読み手が研究内容をあまり知らないと予想するなら、広い背景を長くして、狭い背景をかなり簡略化してわかりやすさを重視する必要がありますし、同じ研究分野や多くの人がそれなりに知っている分野であると予想できる場合には、広い背景は手短にして、狭い背景についての説明をさっと始める方が良いでしょう。学振や科研費の場合は、だいたい同じ分野で理解力はあるが専門的な知識はほとんどない審査員を想定しますので、広い背景よりも狭い背景を詳しめに書く方が良いでしょう。

ただし、間違っても審査員に全てを伝えようとは思わないでください。これも何度も書いていますが、審査員は分野外ですし、細かいところまでを知りたいとは思っていません。厳密にはカラスには白色も灰色の個体もいますが、「カラスは黒い」で十分ですし、温暖化の原因は二酸化炭素やメタンガス以外にも多くの要因があるでしょうが、その研究をするのであれば「温暖化ガスの増加は…」と書いておけば十分です。

これ以上何が欠けても、申請書の大筋を理解し評価することが困難となるギリギリまで簡略化するのがポイントです。評価対象はあくまでも研究計画であり、背景はそれを理解するための補助的な位置づけなので、余計なことは書かないでください。