受動態は責任の所在を曖昧にするための隠れ蓑です。「解析が行われる」と書けば、誰が研究するのか見えなくなります。審査員が投資するのは実際に手を動かすあなたに対してです。受動態を能動態に変換し、研究のオーナーシップを取り戻す技術を解説します。

1. 導入:審査員は「誰にお金を渡すか」を見ている

日本の研究者は謙虚です。客観性を重んじるあまり、文章から「私(行為者)」を消し去り、受動態を多用する傾向があります。論文においては、それで良い場合もあるでしょう。

しかし、科研費などの申請書において、その態度は致命的です。

審査員が評価しているのは、研究のアイデアだけではありません。「その計画を完遂できる主体が存在するか」という実現可能性と、「このアイデアは誰のオリジナルなのか」という独創性を厳しく見ています。

受動態で書かれた文章は、これらの評価ポイントをボヤけさせます。
「〜と考えられる。」と書けば、それはあなたの鋭い洞察ではなく、世間一般的な推測のように響きます。「〜解析が行われる。」と書けば、あなたがやるのか、共同研究者がやるのか、あるいは外注するのか、誰が汗をかくのかが不明確になります。

能動態で書くことは、自己顕示欲ではありません。「私が責任を持ってこの研究を遂行する」という、審査員への契約書へのサインなのです。

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