審査員の目は、文末のわずかな揺らぎも見逃しません。「~たり」という表現ひとつに、論理の甘さや計画の不確定性が露呈するからです。この並列助詞を適切に制御することは、単なる文法修正ではなく、研究計画の解像度を高める作業に他なりません。

導入:審査員は「~たり」に不確定な要素を感じ取る
申請書を読み進める審査員にとって、最もストレスとなるのは範囲の曖昧さです。研究計画において、あなたが何を行い、何をしないのかが明確でなければ、実現可能性を評価できないからです。
この文脈において、「Aしたり、Bしたりする」という表現は、しばしば致命的なノイズとなります。日常会話では便利なこの表現も、厳密な論理が求められる学術文章、特に研究資金申請においては、二つのリスクを孕みます。一つは文法的な未熟さによる信頼性の低下、もう一つは非網羅的な列挙による計画の具体性の欠如です。
「~たり」を使うとき、書き手は無意識に「など」のニュアンスを含ませています。「AとかBとか、まあその辺りのことをやります」という姿勢は、限られた期間と予算で成果を約束する科研費の精神とは相容れません。今回は、この並列助詞の扱いを見直し、文章の論理的結束性を劇的に高める技術を解説します。
根拠となる理論:並列助詞の機能とアカデミックライティングの原則
なぜ「~たり」が問題となるのか、その背景には明確なルールが存在します。
まず、日本語の文法ルールとして、「~たり」は原則として反復して使用しなければなりません(「~たり、~たり」)。しかし、多くの申請書では「Aしたり、Bする」といった「片ちんば」の誤用が散見されます。これは即座に「文章力への疑念」を抱かせます。
次に、論理学的な観点です。「~たり」は例示列挙(多くの選択肢の中から代表的なものを挙げる)の機能持ちます。つまり、「AたりBたり」と書いた瞬間、審査員は論理的に「CやDの存在」を推論します。「他にもやることはあるが、とりあえずAとBを挙げた」という意味になるからです。
しかし、研究計画のセクションでは、網羅的列挙(やるべきことはこれとこれである、と限定する)が好まれます。「他にも何かやるかもしれない」という余白は、研究の焦点が定まっていない証拠と受け取られかねません。したがって、戦略的に「例示」が必要な場面以外では、「~たり」の使用を避け、確定的な接続詞や名詞の列挙を用いるのが、アカデミックライティングの鉄則です。
具体例の提示:曖昧な並列から確定的な列挙へ
ここでは、具体的な修正事例を通じて、論理の解像度がどう変わるかを見ていきます。
Before:よくある失敗例
本研究では、被験者へのアンケート調査を実施したり、行動ログの解析を行ったりする予定である。また、必要に応じて追加のインタビューを行ったりする。
Analysis:なぜこれがダメなのか
- 文法の不整合: 前半は「実施したり、解析を行ったり」と反復されていますが、文末が「行ったりする」で終わることで、全体的に間延びした印象を与えます。
- 意思の弱さ: 「予定である」「行ったりする」という語尾は、実行の確約を避けているように響きます。
- 論理の包含関係: アンケートと行動ログ解析は同列のタスクですが、それらが研究全体の中で全てなのか一部なのかが不明瞭です。
After 1:文法的な修正(基本レベル)
本研究では、被験者へのアンケート調査および行動ログの解析を行う。また、状況に応じて追加のインタビューを実施する。
これだけで文章は引き締まります。「たり」を排除し、「および」でつなぐことで、これら二つが主要なタスクであることが確定しました。
After 2:名詞化による構造化(推奨レベル)
本研究の核心は、多角的なデータ収集にある。具体的には、以下の2点を実施する。
1. 被験者を対象とした質問紙調査
2. ウェアラブルデバイスを用いた行動ログ解析
さらに、定量的データの補完として、対象者を絞った半構造化インタビューを行う。
Analysis:改善のポイント
ここでは、単に「動作」を並べるのではなく、まず「多角的なデータ収集」という上位概念を提示しました。その上で、具体的なアクションを名詞(質問紙調査、行動ログ解析)として定義しています。
「~たり」という動作の羅列から、名詞を中心とした構造化へとシフトすることで、審査員は「何をするか」だけでなく「なぜそれをするか(多角的なデータ収集のため)」という目的まで同時に理解できます。並列関係も、単なる横並びではなく、定量的データと定性的データ(インタビュー)という対比構造の中で整理されており、論理の美しさが際立ちます。
応用と発展:並列構造を用いた「研究の厚み」の演出
「~たり」を排除する思考法は、研究計画の他の部分にも応用可能です。それは、抽象度を揃えるという技術です。
「~たり」を使ってしまう心理的な原因の一つに、並列させる項目の粒度(レベル感)が揃っていないことへの無自覚があります。例えば、「文献調査をしたり、新規アルゴリズムの開発を行う」という文です。文献調査(準備作業)とアルゴリズム開発(研究の核)は、作業の重みが全く異なります。これらを「たり」で並列につなぐと、研究全体のバランスが悪く見えます。
こうした場合、以下のように階層を分ける意識を持ちます。
- 準備フェーズ: 既存手法の網羅的な調査と課題の抽出
- 開発フェーズ: 課題解決のための新規アルゴリズムの構築
このように、時系列や重要度に応じて項目を切り分けることで、安易な並列を防ぎ、計画の立体感を出すことができます。「AしたりBしたり」と書きたくなったら、一度立ち止まり、「AとBは本当に同列か?」「AとBで全てか?」と自問してください。
もし、本当に「例示」が必要な場合(例えば、多数の応用先があることを示したい場合など)は、「~たり」ではなく、「~や~など、多岐にわたる」や、「~をはじめとする」といった表現を用いることで、知的で書き手の制御下にある印象を与えることができます。
まとめ:論理的並列のためのセルフチェックリスト
文章の推敲段階で、以下のポイントを確認してください。「~たり」を検索し、一つでも見つかった場合は、このリストに従って書き換えを検討します。
- 文法チェック: 「~たり」を使用する場合、必ず「~たり、~たりする」と反復されているか。
- 網羅性チェック: それは単なる例示か、それとも確定した計画か。計画ならば「~および~」「~と~」に書き換える。
- 粒度チェック: 並列されているAとBは、同等の重要度と抽象度を持っているか。バランスが悪い場合は、文を分けるか階層化する。
- 名詞化チェック: 「~すること」という動作の羅列を、「~の実施」「~の構築」といった名詞句に変換できないか。
「たり」を消すことは、退路を断つことです。「など」に逃げず、これをすると言い切る勇気を持つこと。その覚悟が、審査員に「この研究者は信頼できる」という確信を与えます。文末の細部にまで、研究者としての矜持を宿らせてください。